ドルショック・オイルショックで高度成長は終焉。減量経営で乗り切り「ジャパン・アズ・ナンバーワン」へ。
しかしプラザ合意(1985)以降の円高で日本企業は多国籍化、雁行型経済発展でアジア工程間分業が定着し、農業・農村の役割は終了する。
オイルショックで高度経済成長は終焉。日本は 減量経営で世界一位に踊り出る が、 プラザ合意以降は 多国籍化・農業の役割終了・失われた 10 年へと沈んでいく。
ドルショック・オイルショックを減量経営で乗り切り、ジャパン・アズ・ナンバーワンへ
IMF 体制の崩壊(ドルショック)+ 2 回のオイルショック。 資源を輸入に頼り輸出型産業構造をもつ日本資本主義は 国家存亡の危機 に立たされる。
IMF 体制の崩壊・ドルショック(アメリカによる一方的な金ドル交換停止)。 1 ドル=360 円の固定為替相場制から 変動相場制へ移行 → 円高による国際競争力の減退。
2 回にわたるオイルショック → コストアップによる国際競争力の減退 → 産油国に資金が蓄積(オイルダラー)→ 様々な国への投資に向かう → 経済の金融化を推進。
安価な石油に依存した経済成長を続けることはできなくなる。最初のオイルショックの時は 猛烈なインフレーションに見舞われる(トイレットペーパーの買い付け騒動が発生)。 経常収支は赤字に転落し、エネルギーや食料を買うための外貨が不足 ― 日本は国家存亡の危機に立たされる。
資源を輸入に頼り、かつ、輸出型の産業構造をもつ(輸入のための外貨を稼ぎださなければならない) 日本資本主義は厳しい苦境に立たされる。
1973 年はオイルショック時には 世界穀物危機が同時に発生。 アメリカの 大豆禁輸措置 → 大豆が入ってこないため 豆腐が手に入らない。
こうした事態は 貿易収支の赤字への転落とともに農業への一時的な追い風となったが、長くは続かなかった。
日本は 減量経営・省エネ・QC 活動・下請再編成 で輸出型産業構造を構築。 欧米のような構造転換は進まず、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」として賞賛される。
日本は減量経営で危機を「成功裏に」乗り切ったがゆえに、欧米諸国が進めたような 抜本的な経済構造転換(多国籍化・金融化)には踏み込めなかった。 その結果、1990 年代以降に 後発で多国籍化・金融化に追われることになり、 プラザ合意以降の円高で苦しむ構造を準備した。
=「成功した」がゆえに「失敗した」 ― これが安藤先生の言う日本の 「成功の失敗」である。
財政再建のため 食管制度が改革 される。 自主流通米・水田利用再編対策・農用地利用増進法などが「地域農政」として展開される。
財政再建のための食管(食糧管理制度)赤字対策。米価切り下げ → さらに 食管制度を廃止することを目指す動きが強まっていく。
以前は政府が生産者から買い上げ(生産者米価)、それを消費者に売り渡す(消費者米価)仕組みであり、 「生産者米価 > 消費者米価」で差額を国が負担していた(売買逆ザヤ)。
消費者米価を低くしておくことは生計費を抑え、賃金引き上げを抑制することに繋がる。 差額を国が負担するということは 累進課税制度が機能していれば高所得者の負担の方が大きいので 所得再分配としての役割を果たしていることになる。
食管赤字を減らすため生産者米価を引き下げ、消費者米価を引き上げていくことになる。 「生産者米価 < 消費者米価」となっていくが(売買順ザヤ)、 国は買い上げた米を管理しなければならず、その費用(金利倉敷料)が発生するため 食管会計の収支は赤字のまま。国を介さない流通方式「自主流通米」への切り替えが進んでいく。
不況下では 中高年失業者が農業へ還流。 農業・農村は 失業者のバッファーとして機能する ― この役割は後に終わる。
兼業農家は不安定な存在なので農地は手放さない
農地を維持する地域としての農業を続けていく路線
兼業農家は土地持ち労働者=農地供給層
大規模経営への農地集積を進める路線
⇒ 不均等発展による労働市場展開の地域差「地帯構成論」へ ― 「兼業滞留構造」「恒常的勤務」(評価)を巡る議論が激しく交わされる。
プラザ合意・雁行型経済発展・バブル経済・失われた 10 年・農業の役割終了
1985 年プラザ合意=円高の容認。日本企業は海外生産・直接投資に進み、 アジア工程間分業が定着する。
全てはプラザ合意から始まった。「バブルの宴」からの転落。日本企業の多国籍化・再編。 2000 年以降日本は沈んでいく…
突出した対米貿易黒字 → 日米経済構造協議。 内需拡大政策(前川リポート)→ 大量公共事業の財政赤字とバブル経済が同時進行する。
「ベルリンの壁崩壊」「ソ連解体」=社会主義体制の崩壊=冷戦の終了 → 中国が投資対象として加わったことは大きかった。 外資導入促進政策・経済特区の創設 → 「メイドインチャイナ」「世界の工場」としての中国の台頭。
これに対して日本はバブル崩壊後、長期不況へと突入 「失われた 10 年」。 ドル防衛のための低金利(公定歩合引き下げと長期間の据え置き)という金融環境と 直接金融(証券発行を通じた企業の資金調達)の拡大により金融機関が融資先を失った結果の 金余りがもたらしたバブル経済。
アジア工程間分業定着、派遣労働者規制緩和(1999・2003)で 非正規雇用が農業・農村に代わる低賃金労働力プールになる。
農業・農村に存在していた 兼業農家の低賃金労働力の方が、都会に存在する非正規雇用の低賃金労働力よりも 生活環境、家族、地域との繋がりという面ではるかに恵まれているかもしれない (労働組合による支えもない)。
=低賃金労働力プールという「同じ役割」を担っているが、 生活の質と社会的包摂は農村の方が高い。 この比較は、現代の地方創生・農村振興政策を考えるうえで重要な視点である。
プラザ合意・円高後、低賃金労働力を国内の農村からアジアへ求める動きが急速に進み、 企業の海外進出 → 農業・農村の役割は終了(兼業滞留構造の終了)。 これを補うためのリゾート開発による農村振興は失敗に終わる。
中山間地域問題として農業・農村が認識されるようになっていく。 耕作放棄地 → 限界集落 → 集落消滅となって現在に至る。 むらの衰退による地域資源管理の力の衰えが問題となってくる。
農村地域資源管理政策へ(むらづくりと地域資源管理の一体化):
円高のインパクト:企業の海外展開・海外進出。 「食料輸入のアジア化」。重量野菜 → 軽量野菜という国内生産構造の変化。 アジア・中国からの 野菜(冷凍野菜)・果実輸入。 スーパー・商社による技術指導と一体となった 開発輸入。
世界の GDP の 4 分の 1、輸出総額の 3 分の 2 を 多国籍企業 が占める。 「国家とは何か」が問われる時代になっている。
世界の GDP の 4 分の 1、輸出総額の 3 分の 2 を多国籍企業が占める。 企業が国家を使う時代(「国家とは何か」が問われている)。 途上国・移行国では 「国家資本主義」の下で 「国有多国籍企業」が急成長 (開発独裁による資本蓄積の方が効率的ということか?)。
非出資型国際生産(NEM)による企業間国際分業関係の広範な展開。 世界的なネットワークやバリューチェーンに組み込まれた非出資の生産形態。 コア技術・ソフト・ノウハウ・ブランドによる支配関係(資本支配ではない)。 製造委託・アウトソーシング・フランチャイズ・ライセンス・管理契約・契約栽培等。
契約栽培はプランテーション農業で進むが、日本などでも野菜などで進むか? ICT ネットワーク(情報通信技術)による企業間国際分業。 すり合わせ技術からデジタル化へ(日本モデルの「型落ち」)。 ウィンテル連合・スマイルカーブ(中間組立メーカーの取り分は僅か)。 川上:インテル MPU(中央演算装置) ⇔ 川下:マイクロソフト OS(基本ソフト)。