農政学 講義シリーズ 第 9-10 回
Part 2 / 後半

高度成長破綻 + 中核国家体制 ― オイルショックからプラザ合意・失われた 10 年へ

ドルショック・オイルショックで高度成長は終焉。減量経営で乗り切り「ジャパン・アズ・ナンバーワン」へ。
しかしプラザ合意(1985)以降の円高で日本企業は多国籍化、雁行型経済発展でアジア工程間分業が定着し、農業・農村の役割は終了する。

安藤光義 教授(東京大学農学部) 9 セクション構成 1970 年代初 〜 現代
SECTION 01

今回のポイント

オイルショックで高度経済成長は終焉。日本は 減量経営で世界一位に踊り出る が、 プラザ合意以降は 多国籍化・農業の役割終了・失われた 10 年へと沈んでいく。

オイルショックで高度経済成長は終焉を迎え、世界経済は低成長期に突入するが、 そのなかで日本は輸出競争力を強化して、世界をリードする存在に踊り出ることになる。 ここでは、オイルショックが与えた日本経済に与えた深刻な影響とそこからの脱出・再編過程をみることにしたい。 そこでは 一時的ではあるが、農業に追い風が吹くことになる。
Chapter 9

高度経済成長破綻・日本資本主義再編期(1970 年代初 〜 80 年代半)

ドルショック・オイルショックを減量経営で乗り切り、ジャパン・アズ・ナンバーワンへ

SECTION 02

(1) 大不況期 ― IMF 体制崩壊とオイルショック

IMF 体制の崩壊(ドルショック)+ 2 回のオイルショック。 資源を輸入に頼り輸出型産業構造をもつ日本資本主義は 国家存亡の危機 に立たされる。

1971ドルショック

IMF 体制の崩壊・ドルショック(アメリカによる一方的な金ドル交換停止)。 1 ドル=360 円の固定為替相場制から 変動相場制へ移行 → 円高による国際競争力の減退。

1973・19792 回のオイルショック

2 回にわたるオイルショック → コストアップによる国際競争力の減退 → 産油国に資金が蓄積(オイルダラー)→ 様々な国への投資に向かう → 経済の金融化を推進

安価な石油に依存した経済成長を続けることはできなくなる。最初のオイルショックの時は 猛烈なインフレーションに見舞われるトイレットペーパーの買い付け騒動が発生)。 経常収支は赤字に転落し、エネルギーや食料を買うための外貨が不足 ― 日本は国家存亡の危機に立たされる。

資源を輸入に頼り、かつ、輸出型の産業構造をもつ(輸入のための外貨を稼ぎださなければならない) 日本資本主義は厳しい苦境に立たされる。

補論世界穀物危機と農業への一時的追い風

1973 年はオイルショック時には 世界穀物危機が同時に発生。 アメリカの 大豆禁輸措置 → 大豆が入ってこないため 豆腐が手に入らない

こうした事態は 貿易収支の赤字への転落とともに農業への一時的な追い風となったが、長くは続かなかった。

  • 1974 年 国土利用計画法(地価高騰・狂乱地価対策)
  • 1977 年 第 3 次全国総合開発計画「定住構想」「地方の時代
  • 都市から農村への人口移動の速度が大きく低下
  • 農村地域への工場展開 → 農業の総兼業化=低賃金だが社会は安定
  • 兼業農家は 農業構造改善の阻害要因ではなく、農村における社会的な安定層として位置づけることも可能か(欧州における兼業農家=農業不況の下で進められる経営の多角化)
SECTION 03

(2) 再編期 ― ジャパン・アズ・ナンバーワン

日本は 減量経営・省エネ・QC 活動・下請再編成 で輸出型産業構造を構築。 欧米のような構造転換は進まず、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」として賞賛される。

減量経営・省エネ・QC 活動・下請再編成による輸出型産業構造の構築。 好況感なき企業業績の回復 ⇒ 積み上がる貿易黒字・対米黒字。 国内経済の再編と輸出競争力の強化で日本は先進国の中では相対的に高い経済成長を続ける一方、 欧米のような経済構造転換は進まない。やがて日本は 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」として 賞賛される。「日本型経営」が世界から注目されるようになる (→ 冷戦終了後の米国にとっての競争相手は日本となる)。
新自由主義の台頭(レーガン & サッチャー)。福祉国家の解体が始まる。 多国籍企業化・経済の金融化の進展。 ⇒ その裏で進んだ 日本の「成功の失敗」ということになるかもしれない。
安藤先生からの補足 /「成功の失敗」

日本は減量経営で危機を「成功裏に」乗り切ったがゆえに、欧米諸国が進めたような 抜本的な経済構造転換(多国籍化・金融化)には踏み込めなかった。 その結果、1990 年代以降に 後発で多国籍化・金融化に追われることになり、 プラザ合意以降の円高で苦しむ構造を準備した。

=「成功した」がゆえに「失敗した」 ― これが安藤先生の言う日本の 「成功の失敗」である。

SECTION 04

食管赤字対策と地域農政

財政再建のため 食管制度が改革 される。 自主流通米・水田利用再編対策・農用地利用増進法などが「地域農政」として展開される。

食管赤字対策 ― 売買逆ザヤから順ザヤへ

財政再建のための食管(食糧管理制度)赤字対策。米価切り下げ → さらに 食管制度を廃止することを目指す動きが強まっていく

以前は政府が生産者から買い上げ(生産者米価)、それを消費者に売り渡す(消費者米価)仕組みであり、 「生産者米価 > 消費者米価」で差額を国が負担していた(売買逆ザヤ)。

消費者米価を低くしておくことは生計費を抑え、賃金引き上げを抑制することに繋がる。 差額を国が負担するということは 累進課税制度が機能していれば高所得者の負担の方が大きいので 所得再分配としての役割を果たしていることになる。

食管赤字を減らすため生産者米価を引き下げ、消費者米価を引き上げていくことになる。 「生産者米価 < 消費者米価」となっていくが(売買順ザヤ)、 国は買い上げた米を管理しなければならず、その費用(金利倉敷料)が発生するため 食管会計の収支は赤字のまま。国を介さない流通方式「自主流通米」への切り替えが進んでいく。

地域農政 ― 集落の制度化と賃貸借による農地流動化

  • 農用地利用増進事業(1975)農用地利用増進法(1980)
  • 利用権:法定更新のない短期賃貸借契約。「農地は貸しても契約期間が終了すれば返ってくる
  • 農用地利用改善団体:集落を制度化して活用(集落の活用)
  • 生産調整にも集落が活用される
  • 水田利用再編対策(1978):田を潰す減反ではなく、輸入している麦大豆飼料作物を水田で作付ける。転作に対して奨励金(助成金 → 交付金)を支給する
  • 米を作った時に得られる収入との差額を補填(財政赤字のため次第に減らされていき転作面積は増えなくなる → 米の生産過剰)
  • 「集団的土地利用調整」「麦大豆のブロックローテーション」:麦大豆は湿害に弱いので作付けをまとめなければならない=集落での話し合いが必要
SECTION 05

過剰人口のプールとしての農業・農村

不況下では 中高年失業者が農業へ還流。 農業・農村は 失業者のバッファーとして機能する ― この役割は後に終わる。

不況により 中高年失業者の農業への還流現象がみられた。 失業者のバッファー(過剰人口のプール)としての農業・農村。 国内経済不況とその矛盾緩和を目的とした「農村」「地域」の見直し → 農村政策・地域政策のスタート(三全総の「地方の時代」)。
農業・農村を基盤とした低賃金労働力の供給が日本経済の競争力を支えた 1 つの要因という見方がある (← 1971 年農村地域工業導入促進法)。 「地域労働市場論」の中で「特殊農村的低賃金」が叫ばれた。
① 兼業ぐるみの地域農業路線(東北など)

兼業農家は不安定な存在なので農地は手放さない

農地を維持する地域としての農業を続けていく路線

② 農地流動化を通じた構造再編路線(東海・北陸など)

兼業農家は土地持ち労働者=農地供給層

大規模経営への農地集積を進める路線

不均等発展による労働市場展開の地域差「地帯構成論」へ ― 「兼業滞留構造」「恒常的勤務」(評価)を巡る議論が激しく交わされる。


Chapter 10

現段階=「中核」国家体制確立期(1980 年代半 〜)

プラザ合意・雁行型経済発展・バブル経済・失われた 10 年・農業の役割終了

SECTION 06

プラザ合意と雁行型経済発展

1985 年プラザ合意=円高の容認。日本企業は海外生産・直接投資に進み、 アジア工程間分業が定着する。

1985プラザ合意(1 ドル=150 円へ)

全てはプラザ合意から始まった。「バブルの宴」からの転落。日本企業の多国籍化・再編。 2000 年以降日本は沈んでいく

  • 1985 年 プラザ合意=円高の容認(1 ドル=150 円へ)
  • → 減量経営・合理化によるコストダウン・国際競争力維持の限界
  • 現地生産への切り替え=海外生産・海外投資・直接投資
  • 貿易摩擦回避のための北米・欧州への直接投資
  • アジアの低賃金労働力の利用
  • 賃金上昇に伴う生産拠点の移転:NIEs → ASEAN → 中国へ(→ ベトナム → ミャンマー)
  • 日本にやってくる外国人労働力もこれと同じ推移を辿っている
Lead
日本
Stage 1
NIEs
(韓国・台湾)
Stage 2
ASEAN
(タイ・マレーシア)
Stage 3
中国
Stage 4
ベトナム
ミャンマー
アジア地域の「雁行型経済発展」(赤松要):賃金上昇に伴って生産拠点が連鎖移動する
日本にやってくる 外国人労働力もこれと同じ推移を辿る(→ 第 12 回 外国人技能実習生)
アジアの中心としての日本:アジア諸国への 生産財供給(特に工作機械)。 日本はアジア諸国に対しても大幅な出超となる。 日本から直接投資を受けたアジア諸国が生産した製品が欧米へ輸出される → 莫大な貿易黒字がアメリカの財政赤字をファイナンスする構造が形成 (第 2 ブレトンウッズ体制 ← 貿易黒字がアメリカ国債購入に向かう)。
SECTION 07

バブル経済と農業・農村への影響

突出した対米貿易黒字 → 日米経済構造協議。 内需拡大政策(前川リポート)→ 大量公共事業の財政赤字とバブル経済が同時進行する。

日本の貿易黒字の半分は対米、米国の貿易赤字の 4 割前後は対日。 日本の輸出競争力を弱めるためには円高にする必要がある!!! (アメリカの経済力の低下に応じた為替調整が必要なことは事実ではあった)。
突出した経常収支黒字・恒常的な対米貿易黒字 → 日米経済構造協議 (アメリカの要求を日本が飲まされる協議の場)。 「前川リポート」(国際公約):規制緩和・内需拡大政策 → 大量の公共事業を実施し、その後の財政赤字をもたらす遠因となった。

冷戦終了中国の台頭と日本の長期不況

「ベルリンの壁崩壊」「ソ連解体」=社会主義体制の崩壊=冷戦の終了 → 中国が投資対象として加わったことは大きかった。 外資導入促進政策・経済特区の創設 → 「メイドインチャイナ」「世界の工場」としての中国の台頭

これに対して日本はバブル崩壊後、長期不況へと突入 「失われた 10 年」。 ドル防衛のための低金利(公定歩合引き下げと長期間の据え置き)という金融環境と 直接金融(証券発行を通じた企業の資金調達)の拡大により金融機関が融資先を失った結果の 金余りがもたらしたバブル経済。

影響農業・農村へのバブル経済の影響

  • 1980 年 テクノポリス法(農村工場立地)
  • 1987 年 第 4 次全国総合開発計画「交流ネットワーク構想」「リゾート法
  • 1988 年 多極分散国土形成促進法
  • 貿易黒字解消・内需拡大の一環としての リゾート開発(← バブル経済)
  • 第 5 次全国総合開発計画(最後の「開発」計画):「多自然居住空間」
  • バブル経済を前提とした国土開発政策(国土開発という考え方はこれが最後
  • 首都圏一極集中の矛盾「年収の 5 倍で家が買えない」
  • → 改正生産緑地法(相続税納税猶予制度の要件強化):「都市農地の追い出し」
SECTION 08

失われた 10 年と農業の役割終了

アジア工程間分業定着、派遣労働者規制緩和(1999・2003)非正規雇用が農業・農村に代わる低賃金労働力プールになる。

失われた 10 年の連鎖

  • 「アジア工程間分業構造」と呼ばれる構造が定着していく
  • アジア FTA・EPA が現実の課題となっていく(国内産業空洞化と海外移転
  • 国内では低賃金労働力枯渇の下で進む 外国人労働者の増加
  • 派遣労働者の規制緩和(1999 年改正・2003 年改正) → 国内に低賃金労働力のプールを再構築(輸出・外需依存の景気回復)
  • 膨大な非正規雇用労働力が 農業・農村に代わる低賃金労働力のプール
  • 過剰労働力のプールとして日本経済に果たしてきた農業・農村の役割は 必要とされなくなってしまう(人口減少と高齢化の進行により、そうした要求に応えられなくなってしまった)
安藤先生からの補足 /農村の兼業農家 vs 都会の非正規雇用

農業・農村に存在していた 兼業農家の低賃金労働力の方が、都会に存在する非正規雇用の低賃金労働力よりも 生活環境、家族、地域との繋がりという面ではるかに恵まれているかもしれない (労働組合による支えもない)。

=低賃金労働力プールという「同じ役割」を担っているが、 生活の質と社会的包摂は農村の方が高い。 この比較は、現代の地方創生・農村振興政策を考えるうえで重要な視点である。

<バブル崩壊後の農業・農村>

兼業滞留構造の終了

プラザ合意・円高後、低賃金労働力を国内の農村からアジアへ求める動きが急速に進み、 企業の海外進出 → 農業・農村の役割は終了(兼業滞留構造の終了)。 これを補うためのリゾート開発による農村振興は失敗に終わる。

中山間地域問題と日本型直接支払制度

中山間地域問題として農業・農村が認識されるようになっていく。 耕作放棄地 → 限界集落 → 集落消滅となって現在に至る。 むらの衰退による地域資源管理の力の衰えが問題となってくる。

農村地域資源管理政策へ(むらづくりと地域資源管理の一体化):

  • 2000 年 中山間地域等直接支払制度
  • 2007 年 農地・水・環境保全向上対策 → 農地・水保全管理支払交付金 → 多面的機能支払制度
  • 日本型直接支払制度として整備されていく

円高が農業生産に与えた影響

円高のインパクト:企業の海外展開・海外進出。 「食料輸入のアジア化」。重量野菜 → 軽量野菜という国内生産構造の変化。 アジア・中国からの 野菜(冷凍野菜)・果実輸入。 スーパー・商社による技術指導と一体となった 開発輸入

SECTION 09

多国籍企業による支配と日本の強み・弱み

世界の GDP の 4 分の 1、輸出総額の 3 分の 2 を 多国籍企業 が占める。 「国家とは何か」が問われる時代になっている。

日本の強み

  • 国内市場を独占的に支配(高度経済成長期)
  • 「三層の格差構造」に依拠した低賃金労働力=国際競争力
  • 護送船団方式:政官財一体の産業政策
  • 1970 年代前半のドルショック・石油危機を産業構造の転換で乗り切る
  • 重厚長大型 → 軽薄短小型(自動車・電機・精密機械)
  • 下請系列企業の締め付け・労使協調(御用組合)
  • 「日本的経営」として称賛
  • 高度な「すり合わせ」の熟練・技術(職人的なものづくり)

日本の弱み

  • 多国籍企業化・金融化は欧米と比べると遅れる
  • 円高による転換(1990 年代):貿易立国 → 投資立国
  • 米国流ガバナンス・新自由主義的ビジネスモデルの導入
  • "会社は従業員のものではなく株主のもの"
  • GDP 停滞 ⇔ 企業業績向上(株価上昇・株主配当)
  • 従業員給与削減・非正規雇用増加による人件費カット
  • 世界の多国籍企業には勝てない
  • 為替問題が日本企業のアキレス腱:プラザ合意以降、ドルに振り回され続けた

<多国籍企業による支配が進む世界経済>

「国家資本主義」と「国有多国籍企業」

世界の GDP の 4 分の 1、輸出総額の 3 分の 2 を多国籍企業が占める。 企業が国家を使う時代(「国家とは何か」が問われている)。 途上国・移行国では 「国家資本主義」の下で 「国有多国籍企業」が急成長 (開発独裁による資本蓄積の方が効率的ということか?)。

非出資型国際生産(NEM)と契約栽培

非出資型国際生産(NEM)による企業間国際分業関係の広範な展開。 世界的なネットワークやバリューチェーンに組み込まれた非出資の生産形態。 コア技術・ソフト・ノウハウ・ブランドによる支配関係(資本支配ではない)。 製造委託・アウトソーシング・フランチャイズ・ライセンス・管理契約・契約栽培等。

契約栽培はプランテーション農業で進むが、日本などでも野菜などで進むか? ICT ネットワーク(情報通信技術)による企業間国際分業。 すり合わせ技術からデジタル化へ(日本モデルの「型落ち」)。 ウィンテル連合・スマイルカーブ(中間組立メーカーの取り分は僅か)。 川上:インテル MPU(中央演算装置) ⇔ 川下:マイクロソフト OS(基本ソフト)。

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第 11 回:第 2 部のまとめ
基本法農政から食料・農業・農村基本法へ。1992〜2013 年の制度年表 ― 第 2 部の総括
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