IMF 体制下で各国は農業基本法を制定、農工所得格差解消を掲げて構造政策・価格政策を実施。
1973 年以降フォーディズム・ケインズ主義は崩壊し「フレキシブル」蓄積体制(新自由主義)へ移行 ― 第 1 部の完結。
戦後は ドルを基軸通貨とする IMF 体制 の下、各国農政は 農業基本法・構造政策・価格政策を共通の枠組みで実施。 WTO 体制以降は「市場志向型」とされるが 国家は退場していない。
戦後通貨体制の設計を巡る 英米の確執。 圧倒的な生産力と金融力を背景に ホワイト案(米)が勝利し、ドル基軸通貨化が決定する。
英米間通貨改革協議(1942〜1944 年):戦後国際機構の検討。 国際通貨体制におけるイギリスとアメリカの確執。武器貸与法(1941 年):代償として ブロック解体をイギリスに迫る。
パックス・アメリカーナの下で 高度経済成長 → 農工所得格差問題 → 農業構造問題 が発生。1950〜60 年代、各国は農業基本法を制定して構造政策を強力に推進する。
第 2 次世界大戦後、パックス・アメリカーナの下で西欧各国と日本は高度経済成長を遂げる。 ← 経済成長のためには 食料自給を達成・維持し、工業の原材料を購入するための 外貨の節約を図らなくてはならなかった。
当初は各国とも 食料増産が至上命題=食料増産は農業政策であると同時に国家政策でもあった。 が、経済成長が軌道に乗るに従い、農工間不均等発展 → 農工所得格差問題が発生する。 その結果、生産性の低い小農の滞留=「農業構造問題」が発生する。
政治勢力として無視し得ない農民層の存在 → 農産物価格支持政策をはじめとする農業保護政策の実施 → 財政負担問題へと発展 → 対策としての 構造政策。
1950 年代後半〜1960 年代初めにかけて先進国各国が 農業基本法を制定し、 この構造政策を強力に推進していく。
アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど 新大陸諸国は土地所有による制約から解放 されていたことから「大型小農」と呼ばれるような家族経営(大内力『アメリカ農業論』東京大学出版会)の 規模拡大が限界まで進行 → 穀物については世界トップクラスの競争力を実現。
新大陸諸国は「大型小農」で世界トップクラスの競争力を実現。 旧大陸(ヨーロッパ)は EC 輸入課徴金制度で対抗 ― これが UR 交渉 → WTO 体制へと繋がる。
新大陸諸国では西欧や日本で生じたような 小農の零細性に基づく「構造問題」は発生しない (日本では 都府県と北海道の違いを想起されたい)。
アメリカ農民は価格支持制度の下で 規模拡大と増産をひたすら追求してきた結果、 アメリカは 不足払い制度(一定の価格を保証し、その価格を下回った分については財政支援が行われる) による 財政負担が限界になる。補助金付き輸出(食料援助)による 過剰農産物の処理が恒常化していく。
ヨーロッパ各国は構造政策で成果を収めるが、農業保護政策の矛盾も拡大、アメリカほどではないにせよ 「大型小農」が実現される構造、農産物過剰問題が発生=新大陸 vs 旧大陸の対立。 歴史は繰り返す ― 過去と同じ問題を現在も引きずり続けている。
EC の 輸入課徴金制度(一定価格以下で輸入農産物が域内に入ってこないよう輸入品に対して 課税を行う制度。厳密には関税と異なるので「課徴金」と呼ばれている)にアメリカや ケアンズグループ(農産物輸出国グループ)から非難を集める。
農産物貿易戦争 → ガット・ウルグアイラウンド交渉の妥結 → WTO 体制への移行 → 国家による農業保護政策の手足が縛られるようになっていく:
日本は 構造政策に失敗 する。土地利用型農業は 稲作兼業農家に 覆われ、農業は化学工業・機械工業の一大市場となった。
先進国全体では穀物が余っている。途上国が先進国から穀物を買うことになっている ― 農産物過剰は先進国間の問題。
土地所有の制約がない 養豚・養鶏など装置型畜産、新規入植開拓が進んだ。 北海道の酪農、野菜、果樹、施設園芸などでは大規模経営によって農業生産のかなりの部分が担われる構造が 実現したが、米をはじめとする土地利用型農業については乏しい成果しかあげることができなかった。
高度経済成長の結果として日本を覆ったのは 稲作兼業農家。 兼業化を支えたのが 化学肥料・農薬・農業機械 (農業は化学工業や機械工業の一大市場となった)。 農家の側からすると 省力化して農外兼業に出やすくなった。
農業就業者の減り方は少ないが、農業を主としている 農業従事者(基幹的農業従事者)の中身がなくなっていく。 農業を主としている農家という意味では基幹的農家は依然として残っているが 中身がなくなっていく ― この構造は別講演「2025 年センサスに見る構造変動」でさらに深掘りされる。
構造改善を達成した諸国では 「環境支払い」が価格支持に代わる。 日本は 構造未改善のため取り残されるが、水田農業の独自性から活路の可能性がある。
こうした先進国間の農業構造の違いは 農業環境政策に対するスタンスの違いとなってあらわれてくる。
構造改善を達成した農産物過剰生産諸国では、低投入型農業・環境保全型農業の奨励、 農地から湿地への転換(農地面積の減少)→ 農産物生産量の減少 → 財政負担の減少 という形で 国家政策との一致をみることができる。
生産量減少に伴う所得減少については政府が「環境支払い」という形で所得保障を行うことになるが、 それでも価格支持制度よりは財政負担は軽くなる。価格支持制度は生産量が増えれば増えるほど政府の買取量が増え、 支払い金額が増える関係にあるが、生産量と関係のない面積支払いであれば定額で財政的な制御も比較的容易となるためである。 ヨーロッパやアメリカでは農業政策と環境政策の融合が進められていった。
構造改善を実現していない日本は、零細な農業構造を温存しているため、 個々の経営を把握して実施するこうした政策の実施は難しく、取り残されてしまっている。
莫大な数の兼業農家に、農業生産のあり方に制約をかけて、それを 監視(モニタリング)するのには 途方もない行政コストがかかる。「環境支払い」の名目で補助金をそうした零細な農家に支給することに 対する理解を 納税者たる国民から得ることも難しいように思われる。
ただし、日本の水田農業は「水田生態系」と呼ばれる独自の環境を創造しており、 集中豪雨時の貯水池(「田んぼダム」)としての役割や水質浄化・水源涵養機能を有しているので 水田への直接支払いは可能かもしれない。
ヨーロッパやアメリカとの比較で 1 つ注目されるのが 「環境派」市民の形成。 構造政策の成功 → 農民の減少 → 「農村」「土」と切り離された市民の増加 → 農的環境あるいは環境破壊的な農業生産活動の抑止を求める市民の誕生 → 農業環境政策を推進する市民勢力の醸成(「緑の党」など)・急進的な動物愛護団体の伸長 → 国家レベルでの環境政策というベクトルが強くはたらく。
構造政策、言い換えれば 農民層分解が進んだ国ほど環境問題にプライオリティーを置いた市民勢力が 形成される傾向にある。これが先に見たコンテクストと重なって農業環境政策を推進することになる。
エンクロージャー(農民清掃・土地清掃)によって早くから農民層分解が極端なまでに推し進められたイギリスでは、 19 世紀末には市民の田園地帯に対する アクセス権を求める運動が始まっていた (パブリック・フットパス)。労働党政権の下で MAFF は解体されて Defra となる。 環境政策の登場、農業生産に偏重した農業政策に対する見直しは、ヨーロッパの場合、 共通農業政策(CAP)の改革として実現していく。
1971 年金ドル交換停止と 1973 年石油危機を経て、アメリカ経済(産業資本)の衰退 と 金融資本の世界支配が始まる。ケインズ主義的福祉国家は廃止に向かう。
デヴィッド・ハーヴェイ『ポストモダニティの条件』に依拠して、戦後フォーディズム体制から 「フレキシブル」蓄積体制 への大転換を追う。
長期にわたる戦後の好景気を支えてきたフォーディズム・ケインズ主義的システムは 1973 年以降崩壊し、 「フレキシブル」蓄積体制に変化。資本主義の安定的な成長のためのニューディール政策=国家介入。 戦時体制(総力戦)→ 大規模な計画化と労働過程の徹底的な合理化。
「組織化された労働者、巨大な企業資本、国民国家の間の緊迫しつつも揺るぎない勢力の均衡が戦後好景気の権力基盤を形成」(227-228 頁)
労働組合:集団交渉で権限を獲得する一方で生産性向上のための企業戦略に協調する。 実質賃金の引き上げの獲得と引き換えに労働者のフォーディズム的生産システムへの規律化に協力(「官僚化する労働組合組織」)。
国家:財政政策と金融政策を適切に交えながら景気循環の抑制に努めた。 完全雇用保障のための公共投資・公共事業、社会保障・医療・教育・住宅等への支出/福祉システムの組織化。 日本の福祉システムは企業(正社員雇用)による → 非正規雇用化で社会の分断が顕著に。
「福祉国家主義とケインズ的経済管理、賃金関係に関する統制を通して安定的な経済成長と物質的生活水準の向上を図った」(233 頁)
「フォーディズム的な賃金交渉は、特定の経済部門か、大量生産技術への大規模な設備投資に見合う安定的な需要の伸びが見られる特定の国民国家に限られていた」(235 頁)
「積極的に国際資本と手を組むことを選んだ非常に裕福な現地のエリート層を除いて、他の者には生活水準とサービス(公衆衛生など)をわずかばかり向上させただけで、地域文化の破壊や多くの抑圧、そしてさまざまな形態の資本主義的支配をもたらした」(238-239 頁)
米国の企業の生産性・収益性の低下と輸入増大 → 貿易赤字。 ベトナム戦争と貧困との闘い(「偉大なる社会」)のための財政支出拡大。 → 米国から決済通貨ドルが世界に供給される → 米国以外の国が保有するドル > 米国が保有する金。 ドルと金の交換が保証できなくなる → 金ドル交換停止(1971) → ブレトンウッズ体制の崩壊/ドル切り下げ/変動相場制へ。
1973 年第 1 次石油危機 → 戦後の高度経済成長の終焉。インフレーション。 賃上 → 物価上昇 → 賃上 → 物価上昇。製造業の稼働率の低下・失業率上昇。 労働統制が容易な地域への地理的分散、国外(農村地域)への製造業の移転、 労働組合の弱体化と労働統制の強化、正規雇用から非正規雇用への転換。 「フレキシブルな蓄積」への移行。
正規雇用よりもパートタイム・臨時契約、下請け契約といった労働契約への依存度が上昇。 「中核」従業員の削減。解雇が容易なフレキシブルな労働者に依存。
「小規模経営の下請けが、市場変動による損失から大企業を守るバッファーの役割を担うという、日本で長年確立されてきたパターンにならうもの」(253 頁)
組織化された下請け → 小規模な企業形成の機会。「スウェット・ショップ」型生産形態の復活。 下請けの家族労働システム(家父長制的内職)。
アメリカ社会の変質:フォーディズム・ケインズ主義 → 新自由主義。 グローバルな金融システムの再編と非常に強大化した金融調力の出現。 「無国籍」通貨市場拡大 ← 米貿易赤字と中東原油マネーから生まれた拡大。 IMF・世界銀行 = 金融交渉の集合的権力を行使する中央機関となる(1982)。
グローバル権力を持つ 金融コングロマリットとブローカーの編成(国家債務の増加)。 → 国家権力に対して金融資本が力を持つ(サッチャー「マーケットには勝てない」)。 商品・サービスの直接生産以外の方法で利益を生み出す「ペーパー企業家主義」 → 「M&A ブーム」(1980s)/新しい金融商品。
サービス部門での雇用の急増(金融・保険・不動産・医療・教育等の拡大)。 規制緩和 → 独占強化。大規模な合併と経営多角化。情報の重要性 → 知識自体が商品となる。
新自由主義の下での変化(アングロサクソン諸国):緊縮財政・財政削減と福祉国家からの撤退、 労働組合への圧力と実質賃金の引き下げ、 大きな労働組織と大きな政府との間に存在していた 社会契約の崩壊 → 格差社会に向かっていくことになる。
第 1 部 6 回の講義内容を 1 枚の見取り図にすると、資本主義の歴史的ステージ進化 として総括できる。
第 1 部の講義内容を 1 枚の見取り図にすれば右のようになるかと思います。 ステージを変えながら問題が少しずつ変化してきましたが、次はどうなるのでしょうか。
新型コロナウイルスは中世ヨーロッパの封建社会を崩す 1 つのきっかけとなったペストのように なるのでしょうか。第 2 部では、この大きな見取り図のなかに 戦後日本農政を位置づけ直していく。