農業政策の歴史的な展開過程を理解する。
農業政策は独立した存在ではなく、経済全体との関わりを有している ― この一点を捉えることが本講義の出発点である。
この授業の狙いは、農業政策の歴史的な展開過程を理解する ことにある。 ただし、それは単なる年表の暗記ではない。
農業政策を独立した「農林水産省の話」「農家の話」として切り離してしまうと、なぜその政策が その時代に必要とされたのか、なぜ別の選択肢が採られなかったのかが見えなくなる。 本講義の核心は、農政を経済全体・社会全体の動きと結びつけて読み解くことにある。
この一文が本講義 12 回を貫く視座である。一見当たり前のことに聞こえるかもしれないが、 現実の議論はしばしばこの前提を踏み外す。「農家を守れ」「自由貿易を進めよ」のどちらの主張も、 経済全体の発展段階や国際政治経済体制における位置取りを抜きにしては、根拠が宙に浮く。
農業政策を狭く「農林水産省の所管領域」と捉えてしまうと、外国為替・労働市場・産業構造・国際貿易体制 といった隣接領域との結びつきが見えなくなる。例えば 1985 年プラザ合意以降の円高 は 農業政策と無関係に見えるが、実際には農村の低賃金労働力プールという役割を急速に終わらせ、 その後の外国人技能実習制度・特定技能制度の登場を準備した。
逆に、1961 年の農業基本法は高度経済成長期の農工間所得格差問題への応答として 制定されたものであり、当時の重化学工業化政策・国際収支均衡確立期という経済全体の文脈なしには 理解できない。経済との結びつきを切り離して農政だけを論じるのは無意味なのである。
授業は 前半(先進国の歴史的概観) と 後半(戦後日本) の 2 部から構成される。
国民経済の発展段階と農業問題との関係を、先進国(イギリス・フランス・ドイツ・アメリカ・日本・ロシア・イタリア)の 比較を通じて把握する。各段階で農業構造がどう変化し、農政がどう応答したかを歴史的に追う。
戦後の日本経済の発展に伴って、農業・農業政策がどのように展開してきたかを概観する。 農地改革・基本法農政・減反政策・国際収支均衡確立期を経て、現代の外国人技能実習制度に至るまでの過程を追う。
農業構造そのものとその歴史的形成過程
農業構造(地主・小作・自営農の比率、経営規模、土地所有関係)は、その国の経済発展段階に応じて変化する。先進国比較を通じて「構造」がどう生成されたかを読み解く。
戦後日本の農業・農業政策の展開過程
戦後復興・高度成長・低成長への転換のなかで、日本農業がどんな政策で扱われ、どんな構造変化を経たかを連続的に辿る。第 12 回は現代の外国人労働力問題に至る。
現代の日本農政だけを論じるのでは、なぜ日本がこういう農政を採ったかが見えない。 前半でイギリス・ドイツ・フランスといった先進国がどう農業構造を形成してきたかを比較しておくと、 日本の 地主制 + 高率現物小作料という独自の構造 がなぜ生まれ、それが戦後の農地改革で どう清算されたかが立体的に理解できる。
各国の経路は完全にバラバラではない。共通の経済法則(ペティ・クラークの法則など)が貫いている一方、 国際政治経済体制での位置取りによって 同じ法則が違う現れ方 をする。 この「共通法則 × 個性」の見方を、前半で身につけてから後半の日本論に入るのが本講義の設計である。
ガイダンスでは「経済との結びつき」と「2 部構成の設計思想」を提示した。 第 1 回ではさらに踏み込み、経済発展段階論(ロストウ)、世界システム論 (ウォーラスティン)、ペティ・クラークの法則という 3 つの方法論を導入する。
この 3 つの方法論こそが、本講義 12 回を貫いて適用される分析枠組みである。ガイダンスで示された 「農業政策は経済全体との関わりを有している」という抽象的な命題が、第 1 回で具体的な分析道具として 立ち上がってくる。