農政学 講義シリーズ 別講演 ② 2025 年センサス
Extra Lecture

2025 年センサスに見る構造変動 ― 地域差を拡大させながらの縮小再編

2025 年農業センサスは、農業経営体・経営耕地面積・基幹的農業従事者数の三大指標すべてが過去最大の減少率を更新。
「縮小再編」は 「壊体」局面 に入った ― 西日本は農業解体的な状況、若手支援こそ最短経路。

安藤光義 教授(東京大学大学院農学生命科学研究科) 9 セクション構成 2025 年 2 月 1 日時点
SECTION 01

はじめに ― 農水省の「戦果」強調への疑問

2026 年 3 月末、農林水産省は 2025 年センサスの確定値を公表 ― 「規模拡大が進展」として「戦果」を強調。しかし数字を丁寧に読むと、まったく別の姿が見えてくる。

2026 年 3 月末に農林水産省は 2025 年センサスの確定値を公表。
「農業経営体の減少が続く中、法人経営体は 5 年前に比べ 10.1% の増加。 1 経営体当たりの経営耕地面積は 3.6ha となり、0.5ha の増加。 また、経営耕地面積 20ha 以上の農業経営体の面積シェアが、全体の約 5 割を占めるなど、規模拡大が進展」として 「戦果」を強調
法人経営は確かに増加しているが、その数は僅か 3 千経営体 (概数値の 2 千経営体よりも 1 千経営体増えた)。概数値と確定値との間に大きな差があった(統計は大丈夫か?
1 経営体当たりの経営耕地面積は増大しているが、北海道と都府県の平均値の 3.6ha という数字に何の意味があるのか (概数値より 0.1ha 縮小)
20ha 以上層の面積シェアの増大は、分母となる経営耕地面積の減少の結果かもしれない ― これは本講演の核心的論点
安藤先生からの補足 / 5 年に 1 度の「健康診断」を正確に読む

5 年に 1 度のセンサスは 農業の「健康診断」の結果を正確に読み解く必要がある。 センサスを用いて 2005 年から 2025 年の 20 年間の日本農業の変化を素描することで、この課題にアプローチする。

2025 年センサスは 2025 年 2 月 1 日時点の回答である = 2024 年の状況についての回答となるため、 経営耕地面積などの農業構造に関する数値については基本的に 米価高騰(「令和の米騒動」)の影響は受けていないと考えられる。

SECTION 02

§1-1 三大指標の減少率の高まり ― 三つの過去最大

農業経営体数・経営耕地面積・基幹的農業従事者数 ― 三大指標すべてが過去最大の減少率を更新。 これが本講演の出発点である。

① 農業経営体数
22.3%
2020-25 年の減少率
(過去最大、全国計)
② 経営耕地面積
7.2%
2020-25 年の減少率
(過去最大、全国計)
③ 基幹的従事者
19.8%
男 2 割減、女 3 割減
(過去最高更新)
第 1 表 農業経営体数の推移(単位:千経営体)
区分 2005 2010 2015 2020 2025 05-10 10-15 15-20 20-25
全国2,0091,6791,3771,07683616.4%18.0%21.9%22.3%
北海道554741352914.8%12.5%14.2%16.9%
都府県1,9551,6331,3371,04180716.5%18.1%22.1%22.5%

出典:各年農林業センサスより筆者作成。北海道はこれまでで最大の減少率を記録。都府県は減少率の増加は鈍化したが、やはり最大の減少率となった。

第 2 表 経営耕地面積の推移(単位:千 ha)
区分 2005 2010 2015 2020 2025 05-10 10-15 15-20 20-25
全国3,6933,6323,4513,2332,9991.7%5.0%6.3%7.2%
北海道1,0721,0681,0501,0289610.4%1.7%2.1%6.6%
都府県2,6212,5632,4012,2042,0382.2%6.3%8.2%7.5%

北海道はこれまでで最大の減少率を記録し、100 万 ha を割り込む。6.6% は都府県と同レベルの減少率。都府県は 200 万 ha 割れ寸前

第 3 表 基幹的農業従事者数の推移(単位:千人)― 男女別
区分2005201020152020202520-25 減少率
男・全国1,2141,1481,00582265919.8%
男・北海道625750403415.9%
男・都府県1,1521,09295478262619.9%
女・全国1,02790374954137730.3%
女・北海道534539302421.0%
女・都府県97385971051135330.9%

注:2005・2010・2015 年は販売農家、2020・2025 年は個人経営体なので連続した数字ではない。2020 年から 2025 年にかけての減少率は鈍化したが、男女とも全国計の減少率は過去最高を更新【男 2 割減、女 3 割減】

SECTION 03

§1-2 農地を減らしながらの構造再編

農地は 2 割減少。20ha 以上層・30ha 以上層も 経営耕地の増加面積は前回より大きく減少。 = 分母を減らしながらの集積率の増加

全国・経営耕地面積の推移

2005 年 3,693 千 ha → 2025 年 2,999 千 ha農地は 2 割の減少(2005 年 = 100 → 2025 年 = 81)

5ha 以上の集積率は 43% → 71% へ大きく上昇したが、これは 分母の減少による「見かけの集積」を含む。

北海道 vs 都府県

北海道:農地は 1 割減少。20ha 以上層・30ha 以上層の農地面積は 減少に転じる

都府県:農地は 2 割以上減少。20ha 以上層の集積率は 31%、 30ha 以上層は 23% ― 都府県でようやく集積が進んできた。

20ha 以上層、30ha 以上層とも経営耕地の増加面積は前回センサスよりも大きく減少している。 = 分母を減らしながらの集積率の増加 ― 数字上の「構造改革進展」の正体である。
SECTION 04

§1-3 放出される農地を受け切れない大規模経営

下層が放出した農地のうち、20ha 以上層が引き継いだのは僅か 20%(2020-25 年)。 残り 80% は どこへも引き継がれず消滅している。

第 5-1 表 20ha 以上層の農地カバー率の推移(全国、単位:千 ha)
① 今回 20ha 未満層
の経営耕地面積
② 前回 20ha 未満層
の経営耕地面積
③ = ② − ①
減少面積
④ 20ha 以上層の
増加経営耕地面積
④ / ③
カバー率
20102,4442,72928522478%
20152,1582,44428510537%
20201,7992,15835914139%
20251,5081,7992915820%

20ha 未満層が放出した農地をどれだけ 20ha 以上層に引き継がれているかをみると、2020 年から 2025 年にかけては僅か 20% でしかない2020 年から 2025 年にかけての 20ha 以上層の経営耕地面積の増加は 5 万 8 千 ha でしかない

20ha 以上層カバー率(全国)
20%
2020-25 年。農地の 3 分の 2 は引き継がれていない
20ha 以上層の増加面積
5.8万 ha
2020-25 年。過去最少の増加
第 5-2 表 20ha 以上層の農地カバー率の推移(北海道・都府県)
区分① 今回 20ha 未満② 前回 20ha 未満③ 減少④ 増加④/③
北海道2010209259514792%
2015172209351850%
2020136172371440%
202510213634−34
都府県20102,2362,47023417775%
20151,9862,2362508735%
20201,6631,98632312639%
20251,4061,6632579135%

2025 年の北海道の 20ha 以上層の経営耕地面積は減少しており、カバー率という考え方は適用することができないため「−」とした。 都府県で 20ha 未満層が放出した農地をどれだけ 20ha 以上層が引き継いでいるかをみると 4 割に達しない状況が続く


SECTION 05

地域別カバー率と上位・下位都府県

愛知 93%(9 割)でトップ vs 九州・沖縄 4% ― 地域差は極端に拡大。西日本は「農業解体的な状況」。

第 6 表 20ha 以上層カバー率(2025)― 地域別

東北
45%
45%
北陸
58%
58%
関東・東山
38%
38%
東海
49%
49%
近畿
30%
30%
中国
20%
20%
四国
15%
15%
九州
4%
4%
沖縄
4%
4%

都府県平均 35%。東日本でも 5 割を超えているのは 北陸だけ西日本は農地の受け手不在(中国・四国・九州・沖縄は 20% 以下)。

付表 1 / 上位都府県(カバー率高)

  • 1愛知93%
  • 2茨城73%
  • 2富山73%
  • 4新潟63%
  • 5福井61%
  • 6福島60%
  • 7岩手53%
  • 8山形52%
  • 9岐阜49%
  • 10滋賀47%
  • 15大阪41%
  • 16兵庫36%

付表 2 / 下位都府県(カバー率低)

  • 1熊本
  • 2徳島0%
  • 3埼玉1%
  • 3大分1%
  • 6長崎3%
  • 6沖縄4%
  • 7東京5%
  • 7佐賀5%
  • 9京都7%
  • 10島根8%
  • 10和歌山8%
  • 12福岡9%
安藤先生からの補足 / 「集落営農で農地は守れても、出てきた農地を引き受けることまではできない」

農地を減らさずに農地集積を実現できているのは 愛知県だけ。 何とか期待ができるのはカバー率が 6 割を超える福島県くらいまで。 東日本を代表する農業県といっても 4 割水準。 西日本では 滋賀県、大阪府、宮崎県、兵庫県が都府県平均以上となっている (大阪府と兵庫県で何が起きているのか)。

下位の状況は深刻:熊本県は 20ha 以上層の経営耕地が逆に 2,462ha 減少、 徳島 0%、埼玉・大分 1%、長崎 3%、沖縄 4%、東京・佐賀 5% ― 集落営農で農地は守れても、出てきた農地を引き受けることまではできない。 西日本の諸県は 農業解体的な状況

SECTION 06

§2 都府県における農地集積の進行と格差の拡大

農業経営体減少率・経営耕地面積減少率とも 直近ほど高い水準西日本ほど厳しく、災害(福島・石川)が拍車をかけた

2-1 回を追うごとに高まる農業経営体減少率

第 1 図 農業経営体数減少率の推移:都府県 47 県+北海道について、2005-10/10-15/15-20/20-25 の 4 本の折れ線。 「最近の折れ線ほど上になっている」 ― 全国一律で減少が加速。

  • 災害による経営体減少率の上昇:2010-2015:福島2020-2025:石川
  • 旧品目横断的経営安定対策対応:2005-2010:佐賀(集落営農狂騒曲)

2-2 都府県間の差が大きい経営耕地面積減少率

第 2 図 経営耕地面積減少率の推移(農業経営体): 「全体として東日本よりも西日本の方が折れ線が上に位置している」

  • 災害による経営耕地面積減少率の上昇:2010-2015:福島/2020-2025:石川
  • 2015-2020 の減少:岩手、沖縄
  • 都市部の高い減少率:東京、神奈川

2-3 ますます遠のいていく構造再編の実現

第 3 図 5ha 以上層への農地集積率の推移(構造再編の進展度):

  • 8 割:北陸(含む滋賀)
  • 7 割:東北・東海・佐賀
  • 6 割:北関東・福岡・宮崎・鹿児島
  • 5 割:中国・九州・埼玉・千葉・長野・静岡
  • 低水準:四国/大都市圏/果樹地帯

第 4 図 20ha 以上層への農地集積率の推移:富山 7 割/福井 6 割/岐阜・愛知・滋賀 5 割/ 岩手・石川・三重・佐賀 5 割へ/宮城・秋田 4 割/青森・茨城・新潟・島根・山口(低水準)。

第 5 図 <農地集積率と増加ポイントの関係>より: 前回のセンサスで農地集積率が高い都府県ほど、農地集積率の増加ポイントが大きくなる傾向がある。 この傾向が続くと 農地集積率の都府県間格差は拡大する
SECTION 07

§3 失われていく構造再編の推進力

かつて成立していた 「経営体減少 → 借入耕地増加 → 集積率上昇」 という連鎖が 3 つの散布図すべてで崩壊している。

第 6 図 / 農業経営体数減少率と経営耕地面積減少率の関係

2005-2010 年の傾向は消失し、プロットの分布は 右上へとシフトしていく = 農業経営体の減少により経営耕地面積が減少する傾向を強めていく

かつては「農業経営体が減少しても経営耕地面積は減らなかった」(誰かが引き受けていた)が、 現在は 「経営体が減れば農地そのものが消える」関係になりつつある。

第 7 図 / 農業経営体数減少率と増加借地率の関係

「農業経営体減少率が高まると借入耕地面積の増加率が高まる」という 2005-2010 年の傾向は消失し、 プロットの分布は フラットになる農業経営体が減少しても借入耕地面積は増加しなくなっていく

第 8 図 / 増加借地率と経営耕地面積減少率の関係

「借入耕地面積の増加率が高くなると経営耕地面積の減少率は減少する」2005-2010 年の関係は消失し、 プロットの分布は 縦に立つ形になる = 借入耕地面積の増加率が低下し、経営耕地面積減少率が高まる

<結論> 必要なのは「農地流動化」ではなく「農地の受け手への支援」。 いくら農地を流動化させても、受け手がいなければ農地は消える ― これが従来の農政の前提を覆す重大な転換である。

SECTION 08

§4 高齢化と減少が進む基幹的農業従事者

65 歳以上が男性 69%/女性 71%64 歳以下は 3 割 ― 高齢化はもはや限界に近づいている。

2025 年 基幹的農業従事者の年齢構成(イメージ)

64 歳以下 31%
65-69 13%
70-74 21%
75 歳以上 35%
64 歳以下(3 割)
65-69 歳
70-74 歳
75 歳以上(男 35%・女 33%)

男性:75 歳以上 35% / 70 歳以上 56% / 65 歳以上 69%
女性:75 歳以上 33% / 70 歳以上 54% / 65 歳以上 71%

4-1 高齢化の一層の進行

  • 60 代が男女ともに大きく減少 = 団塊の世代のリタイアの補充が利かない
  • 男性は 団塊の世代の影響が大きい
  • 50 歳前後の男性の基幹的農業従事者は増加 ― 次の世代が続くかどうか

4-2 / 4-3 高齢者を頼りにする限界

都府県:団塊の世代のピークが消えながら山の高さが低くなっていく。 10 年前までは 定年帰農の動きがあったが、近年は確認できなくなってきた ← 定年延長の影響・家規範の弱まり

北海道:団塊の世代のピークが消えて山が急速に低くなる。 定年帰農の動きはない(家産維持の農業ではない)。 40 代の人数から減っていくだけ → 40 代前半までにどれだけ基幹的農業従事者を確保できるかが勝負

安藤先生からの補足 / 都府県も「北海道化」していく

従来、都府県では 「定年退職後に農業に戻る」という直系重世代家族のパターンがあり、 高齢者でも農業労働力として機能していた。しかし 定年延長と家規範の弱まりにより、 この帰農パターンが急速に失われている。

結果、都府県も北海道と同じく「40 代前半までに基幹的従事者を確保できるかが勝負」という 構造になりつつある。これは 高齢者を頼りにする農業の終焉を意味する。

SECTION 09

おわりに ― 「縮小再編」から「壊体」局面へ・若手支援への提言

日本農業は 「縮小再編」から「壊体」局面 へ。 従来の 構造再編路線は時代遅れ若手への手厚い支援 こそが最短経路。

Past

縮小再編

農業経営体は減少しても農地は受け手に集積される時代(2005-2010)

Now

受け切れない

下層が放出した農地の 20% しか引き継がれない(2020-2025)

Future

壊体

特に西日本各県で農業構造そのものが解体に向かう局面

おわりに① ― 「壊体」局面の到来

  • 2025 年センサスでは 三大指標すべて前回よりも悪化(減少率が拡大)
  • 「縮小再編」は「壊体」局面に(特に西日本の各県)
  • 一部の地域で大規模経営への農地集積率が上昇 =「構造再編」進行
  • 行き着く先は、中山間地域など条件不利地域の農地は切り捨てられ、100ha 規模のメガファームが展開する農地しか残らない農業構造
  • 下層が放出する農地を 20ha 以上層は受け切ることができていない
  • 農業経営体の減少は 農地面積の減少に直結する傾向が強まる
  • 食料安全保障の根幹はやせ細り続けている
  • 日本農業から 構造再編の推進力は失われつつある
  • 日本農業の課題は、農業経営体を減らして=農地供給量を増やして、大規模経営への農地集積を進めることではなくなっている

おわりに② ― 若手支援こそが最短経路

  • 基幹的農業従事者の高齢化と減少も深刻さを増している
  • 新規就農者の育成・確保施策の効果はセンサスの数字に表れていない(人手不足で農業に人が来ていないのではないか
  • 農地を守るには、短期的には 高齢者農業振興に力を入れた方が現実的かもしれない
  • 直系重世代家族の崩壊と定年延長によって都府県でも高齢者の帰農は期待できず、北海道と同様の状況(=基幹的農業従事者の確保は 40 代前半までが勝負)となってくるのではないか
  • 若手農業者に対する手厚い支援こそが、日本農業の維持存続を可能にし、政府が望む構造再編に至る最短経路ではないか
安藤先生からのまとめ / 「政策の前提」そのものを問い直す時

日本農政は長らく 「農地流動化 → 担い手への集積 → 構造改革」という単線型の路線を維持してきた。 しかし 2025 年センサスは、この路線が 「受け手不在のため機能しなくなった」ことを数値で示している。

新基本法(1999)の 「8 割目標」は、農地を受け取る側が十分に存在することを前提としていた。 2025 年の現実は、その前提が崩壊したことを意味する。 政策は 「農地を出す側」ではなく「農地を受ける側=若手」を支援する方向への根本的転換を迫られている。

本講演は、第 11 回(第 2 部のまとめ)で扱った「集落営農・日本型直接支払」という戦後農政の到達点が、 いま 「壊体」局面で次の枠組みを必要としていることを、データで示すものである。