Extra / 補講資料

政策体系における農村政策の位置と農業構造

食料・農業・農村基本法が内包する 4 つの理念の矛盾を解剖する。
集落営農による三者止揚の限界から 農村 RMO(2021) へ。 2020 年センサスが示す細小再編と後継者問題の構造。

安藤光義 教授(東京大学農学部) 6 セクション構成 1993 〜 2021
SECTION 01

4 理念の矛盾と農村政策の位置

食料・農業・農村基本法(1999)は 4 つの政策理念 を同時に掲げた。 しかし「農業の持続的な発展」を中心に据えると、残る三者の間に 解消できない矛盾と緊張関係が生じる。

①食料の安定供給の確保②多面的機能の十分な発揮③農業の持続的な発展④農村の振興の四者のうち、 「農業の持続的な発展」によって①と②が実現するという仕組みが実際はそうはならない ―― ②と③と④との間には矛盾が生じる可能性がある(荘林 2011)。
食料・農業・農村基本法 ― 4 理念の関係構造
① FOOD SECURITY
食料の安定供給の確保
③ CORE
農業の持続的な発展
② MULTIFUNCTIONALITY
多面的機能の十分な発揮
④ RURAL VITALIZATION
農村の振興
②と③と④との間には矛盾が生じる可能性がある

DILEMMA A 稲作離脱 vs 水田公益機能

農業所得増加のために稲作からの脱却を推進すると、水田が有する洪水調節・生物多様性などの公益的機能が失われる。水田地帯の農業所得と農地面積には正の相関がある一方、稲作特化係数が小さいほど農業産出額を増やす方向に作用している(守山 1997)。

DILEMMA B 農業外産業 vs 多面的機能

農業以外の産業振興による雇用機会の創出(Rural Economy = 地域経済の多様化)は農業からの脱却を促し、農地兼・耕作放棄 → 多面的機能の喪失につながる。中山間地域では農業で生計を立てることと多面的機能の維持が両立しない。

安藤先生の視点

農政システムに異なる価値観・さらに潜在的トレードオフ関係を内包させることになった(荘林 2011)。新基本法の政策理念と政策目的の多元化が、集落営農という「調整装置」を必要とした根本的な理由である。


SECTION 02

集落営農による三者矛盾の止揚

三者の矛盾・緊張関係を止揚する実質的な農村政策として、 現場で機能してきたのが集落営農だった。 しかし法人化が進んでも後継者は確保できず、 集落営農は新たなステージに入ろうとしている。

構造政策 vs 地域政策の対立

農業経営基盤強化促進法(1993)は個別経営体育成路線(特定農業法人制度の創設/対象は担い手経営体)として設計された。一方、中山間地域の現場では「集落ぐるみ型」の地域を守るための危機対応として集落営農が生まれた。島根・広島・滋賀・富山などで中山間地域等直接支払制度(2000)による集落協定を基盤に設立が進む。

島根県 ― 地域貢献型集落営農と広域連携

島根県は古くから集落単位で農業振興に取り組んできた歴史があり、集落営農の先進地として全国的な存在感がある。集落営農の設立・法人化は進んだが、広域連携組織を設立し、農業作業は縮んでいく(攻め)。日常的な管理は集落営農でできても後継者は確保できず、農業作業は委託でき得ても地域管理は集落営農では不十分という状況が続く。→ 農村 RMO へ政策化

PHASE 1 担い手枯渇地域での集落営農設立

個人農業者の高齢化・担い手不足が深刻な地域で集落ぐるみの法人設立が加速。農村の衰退による政策の換骨奪胎が起きる ―「農業専従者」なき法人化、構造政策の地域政策化。

PHASE 2 法人化の進展と後継者問題

集落営農の法人化が推進されたが、法人化されても後継者は確保できず、厳しい状況にある。「技術と普及」2022 年 4 月号で「晩後期の集落営農」特集が組まれるなど「このままでは難しい」という認識が広がり、集落営農は新たなステージに入っている。

中山間地域等直接支払制度(2000)・多面的機能支払制度などの日本型直接支払制度は、農地・水利施設などの農村地域資源保全を集落活動の再編強化を通じて達成しようとする優れた政策。しかし、このスキームの鍵を握っている集落の基礎体力の衰えは如何ともしがたい。

SECTION 03

農地集積の進展と経営耕地面積の減少

大規模経営への農地集積は加速しているが、都府県では 経営耕地面積そのものが減少している。 北海道と都府県の分断、そして都府県内での地域格差拡大が 2020 年センサスから読み取れる。

地域 5ha 以上 10ha 以上 20ha 以上 30ha 以上 経営耕地面積(指数)
北海道 2005 97% 91% 76% 62% 100
2010 98% 93% 81% 67% 100
2015 98% 95% 84% 71% 98
2020 99% 96% 87% 75% 96
都府県 2005 21% 11% 6% 4% 100
2010 32% +11 20% +9 13% 7% 98
2015 40% +8 27% 18% 12% 96
2020 50% +10 36% 25% 18% 84
都府県では 5ha 以上への集積が 21%→50% へ加速したにもかかわらず、経営耕地面積の指数は 100→84 へと大幅に減少。農地が大規模経営に集積しても、農地の絶対量が消えていく「縮小再編」が進行している。
都府県内でも地域格差が拡大。中山間地域や樹園地を多く抱える県では農地集積率が低迷を続けており、「平均値」で実態は見えない。

SECTION 04

後継者不在と第三者継承

課題の核心は後継者が不在で出てくる農地を残った経営がどうやって引き受けていくかにある。 2020 年センサスでは農業経営体の 71% が後継者を確保できていない。

24.4%
農業後継者を
確保している
262 千経営体
1人あたり 4.1ha
4.6%
5 年以内に
引き継がない
49 千経営体
1人あたり 5.7ha
71.1%
農業後継者を
確保していない
764 千経営体
1人あたり 2.4ha

SOLUTION A 面的な集約化

経営耕地の面的な集約化(分散した農地をまとめてブロック化)で 1 人あたり面積を増やす。茨城県の事例では 1 人あたり水田 25ha を担っている大規模経営体が報告されている(澤ほか 2022)。

SOLUTION B 第三者継承

大規模経営の後継者がいない場合は第三者継承(M&A 的手法)。2021 年の日本農業経営学会シンポジウムでは経営継承の方策の一つとして M&A が取り上げられ議論された。

経営主の年齢と経営革新意欲の相関

経営主年齢 青色申告 データ活用 有機農業 農業生産関連事業 販売金額 1,000 万円以上
39 歳未満 69.3% 59.5% 9.2% 13.1% 42.2%
40〜64 歳 44.3% 25.5% 6.5% 9.0% 19.5%
65〜74 歳 32.8% 13.0% 6.9% 8.0% 9.2%
75〜84 歳 25.8% 8.1% 6.1% 7.3% 3.7%
85 歳以上 23.9% 8.2% 4.9% 6.9% 2.1%
経営主が若いほど青色申告・データ活用・販売金額が高い。農業経営の新陳代謝の促進と青壮年層の新規就農者の増加が不可欠である。

SECTION 05

農村 RMO の登場(2021 年)

集落営農が②③④をカバーしきれなくなる中、2021 年の新しい農村政策は 農村 RMO(農村型地域運営組織) という新たな仕組みを打ち出した。 農村の振興の領域を「しごと・くらし・活力」全体へと拡大する。

農村 RMO ― 4 理念カバー構造(2021 年新農村政策)
① FOOD SECURITY
食料の安定供給の確保
② MULTIFUNCTIONALITY
多面的機能の十分な発揮
③ SUSTAINABLE AGRI.
農業の持続的な発展
④ RURAL VITALIZATION ▲
農村の振興(領域が拡大)
農村 RMO が②③④をカバー
地域の生活支援組織が担う「農村の振興」
しごと
くらし
活力
安藤先生の見解

集落営農の発展ならば②③④をカバーするのは自然な流れだが、地域の生活支援組織が③(農業の持続的な発展)まで担うのは難しいように思う

集落活動の活性化と農村地域資源の保全の両方の実現を目指したが、高齢化と人口減少によって集落が機能不全に陥らざるを得ない現実がある。→「農村に暮らす人たちに求められている農村政策とは何か」という根本問いが浮上する。


SECTION 06

農村政策の再編と食料政策の確立

農村政策は 農地保全から農村社会へのシフトが問われている。 同時に「みどりの食料システム戦略」の登場と食料政策の確立が、 ③(農業の持続的な発展)と④(農村の振興)の関係を 一層複雑にする。

農地・水利施設などの地域資源管理
農村社会そのもの(くらし・コミュニティ)の支援
集落を単位とした農地保全スキーム
農村 RMO による広域生活支援
農林水産省の現行政策領域
農村社会政策への組織再編(要検討)

ISSUE A みどりの食料システム戦略の影響

「みどりの食料システム戦略」の登場によって③(農業の持続的な発展)が変化すると、③と④を繋いでいた集落と集落営農がもたなくなる中で事態は一層複雑になってくる。農村の振興に力点を置いた方向に思い切って舵を切る必要があるのではないか(②<④)。

ISSUE B 食料政策の確立の必要性

米政策(生産調整)は農村社会に影響を与え続けてきた。集落改革対応としての「集落ビジョン」、品目横断的経営安定対策としての集落営農設立 ―― 現場が政策を受け止めるために集落の協議・結束力が重要な役割を果たしてきた。生産調整の廃止は集落の話し合いの必要性をなくし、コロナ禍が追い打ちをかける。

農村政策に問われているのは農地保全から農村社会へのシフトの推進ではないか。農林水産省の政策領域を大きく変え組織再編が必要になるかもしれないが、今はその時期ではないようにも思う ―― という安藤先生の「留保付きの問題提起」が本補講の到達点である。
Back to Series
農政学 講義シリーズ ポータルへ
全 12 回 + Extra の図解一覧に戻る
ポータルに戻る
安藤光義(東京大学農学部 教授)「農政学」補講資料 図解:東京大学農学部 講義シリーズ