農政学 講義シリーズ 第 12 回(最終回)
Final Lecture

地方社会における外国人財との共生 ― 農業分野を中心に

農業労働力の不足が深刻化、その大半を外国人技能実習生が担う構造へ。
茨城県八千代町の 15 年追跡事例、特定技能制度、国際労働力移動、移民受入を巡る議論 ― 第 2 部の到達点である。

安藤光義 教授(東京大学農学部) 7 セクション構成 現代(2010 年代〜)
SECTION 01

今回のポイント

日本の農業労働力不足は 外国人技能実習生 が補う構造に。 新たな 特定技能制度(在留資格)が創設され、「定住化」を巡る論点が浮上する。

労働力人口に占める割合自体は依然として小さいものの、わが国においても他の先進諸国と同様、 労働市場の変化や様相において、外国人の与える影響が無視できないものになりつつあるということである。 特に一部の職種や学歴の低い若年層においては、外国人労働者のプレゼンスは非常に大きなものとなってきているといえよう。
― 是川夕編著『人口問題と移民』(34-35 頁)

背景

人手不足の深刻化が著しい農業部門(地方圏も深刻)/外国人労働力(大半は外国人技能実習生)の増加/新たな「在留資格」制度(特定技能)の創設/ベトナム人の増加

論点

茨城県八千代町の 大規模経営の事例/共生のあり方/国際労働力移動の構造(雁行型経済発展)/移民受入を巡る議論(ミラノヴッチ・神島裕子・宮本常一)

SECTION 02

§1 『平成30年度食料・農業・農村白書』から

農業の 有効求人倍率は年々上昇、全産業平均より高い水準で推移。 農業経営者の最大の課題は 「労働力の不足」 となっている。

農業の有効求人倍率の推移

年度養畜作業員農耕作業員
2012(H24)1.080.74
2013(H25)1.280.87
2014(H26)1.251.00
2015(H27)1.341.11
2016(H28)1.831.25
2017(H29)2.801.71

出典:厚生労働省「職業安定業務統計」(図表 2-2-14)。全職業平均(1.38)と比べて高い水準で推移。

2017 年時点の不足

約 7 万人の雇用就農者が不足していたとされる。
2018 年 10 月末時点の農業分野における外国人労働者数 3 万 1 千人のうち、 2 万 8 千人が外国人技能実習生。2014 年と比べると外国人労働者数は 1.8 倍、 外国人技能実習生は 1.9 倍に増加。
即戦力の外国人材を受け入れることは農業の生産基盤を維持・発展する上で不可欠

農業分野における特定技能制度(図表 2-2-17)

登録支援機関
⇄ 支援
受入機関
(農業経営体・農協等)
⇄ 雇用
外国人材
  • 在留期間は通算で 5 年が上限
  • 従事可能な業務は、試験区分に応じて ① 耕種農業全般又は ② 畜産農業全般
  • 日本人従業員が通常従事している関連業務にも付随的に従事することも可能
  • 直接雇用のほか、派遣形態も可能
  • 農業分野の技能実習 2 号修了者は試験免除
SECTION 03

§2 農業分野での外国人技能実習生導入の推移

初年度の技能実習生は震災で減少した後 再び増加傾向。 2 年目への移行申請者は ベトナムが急増(中国を追い抜く)

推移地域・国籍・賃金の特徴

  • 初年度の技能実習生は 東日本大震災で減少した後、再び増加傾向。北海道、茨城県、千葉県、長野県、熊本県が多い。熊本県が茨城県を追い抜く
  • 2 年目への移行申請者数は東日本大震災以降、再び増加して 1 万人
  • 2 年目への移行申請者は ベトナムが急増(中国を追い抜くことになる)園芸・畜産が盛んな地域に多い
  • 過去を遡ると茨城県が圧倒的に多かったが、近年、熊本県が急増
  • 茨城県は中国人が多いが、熊本県はベトナム人が多い
  • 賃金が上昇傾向にあるが、農業は全体と比べると低い
日本で働く外国人労働者数を見ると、2017 年 10 月末では前年差 19 万人増の 128 万人。 2007 年に外国人雇用状況届出義務化として以降、過去最高を更新。 いずれの在留資格においても外国人労働者は増加: 「身分に基づく在留資格」が 46 万人、「資格外活動」が 30 万人、「技能実習」が 26 万人、 「専門的・技術的分野の在留資格」が 24 万人。 国籍別にみると中国が最も多く 37 万人、近年では ベトナムが大きく増加、前年より 7 万人増の 24 万人。
― 厚生労働省「平成30年版労働経済の分析」40〜41 頁
高谷幸「序章 ― 移民社会の現実を踏まえて」『移民政策とは何か』

技能実習制度の本質:定住化の阻止という「成功」

結局、多くの批判にもかかわらず技能実習制度の利用が拡大してきたのは、 この制度が 定住化の阻止に「成功」していることを抜きには考えられないだろう。 … 家族の帯同や滞在期間の延長を認めないという定住化の阻止である(15 頁)。

政府の「論理」は 「外国人労働者」の定住化を阻止しているがゆえに、移民は生じ得ず、 彼らの政策を支える生活は必要ない、ということになっている(19 頁)。

…「外国人労働者」の定住化の阻止とは、彼らを 「労働力」として部品のように使い、 不要になったら帰国=使い捨てるということでもある。…彼らを熟練労働者として育てることができず、 長期的には企業や当該産業の不利益につながりうる(21 頁)。

SECTION 04

§3 茨城県八千代町の事例 ― 大規模経営の展開

2003 → 2013 → 2018 の追跡調査。 町外への出作で 40ha 規模へ拡大、外国人技能実習生がいなければ成立しない構造になっている。

15 年間の追跡 ― 八千代町・調査農家

2003
最大 20ha 規模だった。常雇は最も多い農家で 4 人、多くの農家は 2 人という状況。2 番農家を除けば常雇は外国人技能実習生。経営規模の大きな農家ほど多くの臨時雇(日本人)を雇用。
2013
人数とともに大きく増加。最も少ない農家でも 3 人、多い農家になると 9 人の上限まで外国人技能実習生だけで 6 人を導入日本人臨時雇いがほぼ皆無になった点が注目される。最大 10ha 以上、最大 20ha 規模の拡大を実現。
2018
町外への出作で 最大 40ha 規模へ拡大。一時期は日本人臨時雇いが完全にいなくなる。9 人の上限まで外国人技能実習生を導入する動き。中国の働きぶりに不満 → ベトナムなど別の国にシフトする動きが出てくる。家族周期による規模拡大の限界(家族労働力による指揮統率率は不可欠)→ 日本人常雇いを導入してこの制約を突破しようとする動き。
実習生が 6 人体制になったのは 2010 年からだが、6 人では足りない、休みが欲しいという声が増えている。 以前ならば残業が欲しいという状況だったが、今は残業よりも休みが欲しい。 有給は年に 11 日あるが、全く使い切ってしまっている。ゆとりが生じるためにはもっと人数を増やせなければならない。 9 人体制ではありえない(1 番農家)。

外国人技能実習生の数をもう少し増やしたいと考えている一方、彼らの働きぶりに不満を持つようになってきた。 他の農家も同じような意見であり、中国からベトナムなど他に出して送先を変更しようという動きが広がっている
安藤先生からの補足 /1 番農家の「本格的な雇用型経営」への転換

特筆されるのは 1 番農家、日本人の常雇を 5 人も入れている。経営は法人化、就業規則も作成し、 かなり高い賃金を支払うことで質の高い労働力を確保している。栽培マニュアル等も作成されており、 家族経営から本格的な雇用型経営への転換が図られようとしている。

既に 4 人のうちの 1 人は 現場監督集として経営に参加することができる体制を構築している。 だが、このような経営になるためにはそれだけの経営能力が必要であり、 全ての経営が 1 番農家のようになれるわけではない

☞ 新たな「在留資格」によって、3 年間の技能実習を修了した外国人が、あるいは日本の農業関係の大学を卒業した外国人が、 現場監督集クラスとして働くようになってくると、こうした茨城県のような実態は変化していく可能性もある。
その先に待ち構えているのは定住者としての彼らの受入れである

SECTION 05

§4 外国人材との共生のあり方 ― 農業経営者の課題

外国人技能実習制度から特定技能 1 号へ ― 優秀な人材をリーダー役として活かす 戦略。 3 つの実践要件定住への備えが問われる。

戦略技能実習 → 特定技能 1 号という流れ

外国人技能実習制度を基本とし、3 年間の実績を積んだ者の中から「これは優秀だ」「これは雇いたい」と思うような人を 新たな在留資格制度(特定技能 1 号)を使って、外国人技能実習生のリーダー役として 働いてもらうのがよいのではないだろうか。

(1)しっかりした労働条件と労務管理が信頼を育む

外国人技能実習生と信頼関係を築くことが重要、労働条件は事前に明示し、十分理解を得ることが不可欠である。 何事も 丁寧に説明しておくことが、万一、紛争が起こった場合の助けにもなる。 重要なのは、厳しい指示にも温かく接し、お互いの信頼を育むこと。 コミュニケーションを欠かさず行い、常に意思の確認をするようにする。

(2)孤立感を解消するための工夫

外国人労働者の多くは遠く離れた頼絶を経験している。その手当ても必要。 外国人技能実習生の場合、しっかりした受け入れ団体は 現地語に堪能な人を配置して、 彼らの不満や要望を吸い上げている。整理の充実度は 定着率にも影響する。

東日本大震災の発生した時、地域格差が構築されているところではそうでない地域とは大きな違いが生じた。 在留資格の場合、労働者としての自由度がはるかに大きいので、人材流出が起きる可能性もある。 定期的に交流会・歓談会を持つことも大切。「悪い情報は瞬時に外国に伝えられている」 ― そうした事が農家であるとどうしても良い外国人材を雇うことは難しくなる。

(3)どのような農業経営を行うか方針を定めることが重要

外国人労働者を使ってどのような経営を行うのか、高齢化した家族労働力の補完なのか、規模拡大のための戦力拡大なのか、 それとも数の集めの従業員を雇うのか、短期的な雇用であれば「安かろう、悪かろう」でも何とかなるかもしれないが、 長期的な展望はあるのかどうかよく考えてほしい

小井戸彰宏「技能 ― 日本的理解を刷新するとき」『移民政策とは何か』

特定技能の本質 ― 単なる労働力不足解消ではない

(特定技能は─引用者)単なる労働力不足解消と低賃金維持のみを目的とするのではなく、 技能再生産構造自体も再建するメカニズムとしての積極的な労働力の組み込み戦略と考えるべきだ。 …(建設業界におけるキャリアアップシステムの計画は─引用者)産業横断的な技能形成メカニズムを 本格的な移民労働力受け入れに連動させて形成する産業戦略といえる(220 頁)。

定住資格を得て家族を呼び寄せるようになった場合は日本語教育、住宅確保などが課題となる。 これは 地方自治体の政策となる。この優劣が外国人材の確保に影響を与える可能性がある。
SECTION 06

§5 国際労働力移動の観点からみた外国人労働力

賃金格差が国際労働力移動の基本的な要因人口増加率・高齢化率・農村過剰人口によって受入国と送出国は決まる。

外国人労働力の導入は過剰労働人口のプールをつくるのが目的ではない
農繁期に低賃金労働力をふんだんに雇うことができるようになるには、相当程度の外国人労働者が日本国内に 存在していることが条件となり、それは 外国人の過剰労働人口のプールを国内につくることを意味する。 社会を分断して現在の社会保障制度を破壊したいと考えている一部の人間を除けば、そうした社会を望む人はいないはず。
今回の制度改正のねらいは、安い労働力を使い捨てることができるようにすることにはないと考えたい。 目指すべきは、雇う側も雇われる側も双方が満足するような経営の実現にある。

賃金格差

国際労働力移動の 基本的な要因。経済発展段階の差がそのまま労働者の流れを生む。

受入国の特徴

人口増加率が低く、高齢化率の高い国(日本・韓国・台湾)

送出国の特徴

人口増加率が高く、高齢化率の低い国農村に過剰人口を抱える国(ベトナム・カンボジア・ラオス・フィリピン)

履雁型経済発展モデル(小島清)― 国際労働力移動の構造

日本
韓国・台湾
NIEs
タイ・
インドネシア
ASEAN
中国
ベトナム
ミャンマー
先を飛んでいる国々から資本投資 → それに続く国々が成長を遂げる → 成長を遂げた国からそれよりも遅れている国々へ投資 ―
この 経済発展の格差=賃金格差が、国際労働力移動を引き起こす基本的な要因
日本での技能実習を終えて帰国した人からのヒアリング(2014 年 3 月 19 日、吉林省出身の女性):
「2005 年 3 月に群馬県のある村で 8 ヶ月コースに応募した。8 ヶ月で 80 万円を貯めるというのが標準。 当時の中国の賃金は安かった。当時、中国では農作業を手伝って 1 日 30 元だったが、現在は 100 元になっている。 賃金が上がった。今は 6 ヶ月コースや 8 ヶ月コースで日本に行くのでは割に合わない。韓国に行く人もいる。 韓国だと 3 年間働くことになる。3 年間というのは長いと思った。若い時に 3 年間韓国で働くだけというのは避けたかった。 現在は中国国内でも重労働すれば月 3,000〜4,000 元を稼ぐことはできる。 日本に行って、それ以上の給料が稼げるかどうか。円安の影響も大きい。 3 年間日本に行きっきりだと中国内の人間関係もなくなってしまう。失われるものも大きい
日本と所得格差が大きい国が送出国であれば、経済的メリットがあらゆるデメリットを上回るかもしれないが、 将来的にそうした国は少なくなってくることを考えると、 今後もこうした外国人労働力の流入を見込めるかどうかは分からない。
SECTION 07

§6 おわりに ― 移民受入を巡る議論

グローバリゼーション・「国家の黄昏」を背景に、 ミラノヴッチ・神島裕子・宮本常一を辿りながら問題の核心へ。

(1)問題の背景

グローバリゼーションの進展(資本・人の移動の自由化)「国家の黄昏」 → 先進国:中間層の没落・格差拡大/途上国:急速なキャッチアップ → 先進国における 移民に対する排撃・排斥右翼ポピュリズム政党の台頭)。

フランコ・ミラノヴッチ『大不平等』

(2) 市民権プレミアム・レントの存在

発達した社会保障制度のある国ほど低スキルで貢献度の低い移民を引きつける。 ほかの条件が同じならば、不平等でも社会的流動性の大きい国のほうが、高いスキルを持った移民を引きつける傾向にある(137 頁)。

経済の収束と移民による力による 「市民権レントの縮小」(145 頁)が進む。 「どの国に生まれたか」ではなく「どの階層で生まれたか」が重要になる。 ヨーロッパの福祉国家は、国民が民族的・文化的に均質であるという前提で築かれている(210 頁)。

(3) 3 つの選択肢(ミラノヴッチ)

Option 1

完全自由化

労働力の移動を無制限に認め、すべての国で、自国の労働者と外国人労働者との差別をなくすことを義務付ける(ただし、労働上の規制は国ごとに違う)。

Option 2 ← ミラノヴッチの選択

制限付き受入 + 緩やかな格差

限定的だが、今より高い水準での移民を認めつつ、地元労働者と外国人労働者の扱いに、法律で定めた比較的ゆるめの差をつける。市民権の再定義が必要となる

Option 3

現状維持+違法移民の差別黙認

移民の流れを現在の水準で保つか下げかして、すべての住民の平等な扱いというフィクションを維持しつつ、その一方で「違法移民」への事実上の差別を許容する。

→ 日本国民と移民との間の 緩やかな格差の是認の下での移民受入拡大日本国民としての権利と義務の再確認が必要となってくる。 この厄介な作業なしに共生社会はあり得ないということになる。
神島裕子『正義とは何か』

(4)(5) 国家を問い返す ― 既得権益と移民の母国への補償

ピーター・シンガーに依拠:「国家という制度の共有から生まれる義務は、たまたまその制度下にいる人々によって 負われているにすぎない。意欲をもった新たにその制度に参加する人々─たとえば入国を許可された難民など─によっても 容易に負われるものなのだ」(230 頁)。

もし国家主義の国際主義論が難民の受け入れに難色を示す、あるいは拒否するものであるとすれば、 その理由はすでに 受け入れ国に居住している人びとの既得権益の保持にある(231 頁)。

ジリアン・ブロックに依拠:途上国から先進国へ働きに来るヘルスケアワーカー(看護職や介護職)につく移民は、 母国で教育を受けている場合が多い。その「頭脳流出」によって、母国は訓練のコスト、技術とサービスの喪失、 制度構築のために必要な人的財産の損失を被る。ならば、移民自身、もしくは移民を雇う組織(病院や国家)が、 移民の母国に対して適切な補償─たとえば訓練にかかったコストの 5 倍の金銭など─を支払うのが適切ではないか(206-207 頁)。

「<移民の移動の自由>と<移民が母国に対して持つ責任>とのバランスを取ろうとするもの」。 ブロックの提案は、先進国が移民を受け入れるだけでは、グローバルな貧困のローカルな諸原因に取り組めないという 現実を踏まえたもの(207 頁)。

宮本常一『旅の民俗学』

(6) この論点は国内にも当てはまる ― 都鄙の人口流出

「これは 教育問題です。遊学のための送金は各県とも 50 億円を下らないんですね。 これを東京・大阪へ持ち出してそこで消費している。しかも遊学した者は帰ってこない。結婚して都会の人間に 吸収されてしまうんです。村の中学、町の高校で教育した子供たちも都会に出て行ってしまいますよね。 つまり、これらの何色円という金が都会に流れている。しかも反対給付はないんです」(143 頁)。

人間はどこで暮らすのがあるべき姿なのだろうか…

安藤先生からのまとめ /国内の都鄙関係と国際の中核・周辺関係の相似性

宮本常一が指摘する 「都市が地方の教育投資を消費し、何の対価も返さない」構造は、 国際的な 「先進国が途上国の人材を消費し、母国に補償しない」構造とそっくりである。 「中核」が「周辺」から人と資源を吸い上げるという、世界システム論的な構造が、 国内にも縮図として存在している。

だから、外国人受入を巡る議論は、単に国際問題ではなく、地方創生・農村振興・教育格差といった 国内問題と地続きで考える必要がある。「人間はどこで暮らすのがあるべき姿なのか」 ― この問いは、農政学全 12 回を貫いて投げかけられている根源的な問いそのものである。

End of Lecture Series

農政学 講義シリーズ 全 12 回 完結

重商主義段階(15 世紀末)から現代の外国人技能実習制度まで、約 500 年の農政史を貫く視点が、 全 12 回の講義を通じて提示された。第 1 回で示された 「経済全体との結びつき」という 核心命題が、最終回でも一貫して問われ続けている。